Vol.46「“発展途上国への想い”」 / 氏原 良夫さん

今からお話しすることは少し古いお話です。
私はある医療系の会社に勤めており、1994年から欧州に10年ほど滞在していました。
その頃の私は、欧州・中東・アフリカなどに自社商品である使い捨ての医療器具(注射器、点滴筒、輸血セット、カテーテル、人工腎臓等々)を普及・販売する仕事をしていました。
着任間も無いころ、私は北アフリカのある国に在る人道支援透析センターを訪問しました。
そのときの光景が今も忘れられません。
透析治療室にはベッドがなく、寄贈された透析器械が5台ばかり大きな部屋の壁際に等間隔で設置されていました。
患者さんは器械の横で地べたに座り、チューブにつながれた状態で透析治療を受けていました。
まるで野戦病院です。
透析病棟の外では連日、透析患者と思われる人達が5人、10人と遠方から集まって来るそうです。
そこで彼らは、「次こそ自分の番・・・」と期待してひたすら待ち続け、日が暮れると意気消沈して帰っていきます。
こうした毎日が繰り返され、そのうち列からいなくなってしまうのです。
ここでは、殆どの人がなかなか透析治療の恩恵に預かれません。
受けられても治療は1週間に1回程度です。
先進国では週3回位が標準と思われます。
週1回程度で治療効果が望めるのかもよく分かりません。
一般的には考えられないような貧回なのです。
こうした環境下で支援をされていた内科医の先生の言葉が今も耳から離れません。
「最大限、子供・妊婦を優先し次の患者さんを選びます。
治療を受けられない人が大半なのです。
これが自分に出来る精一杯です」
こうした地域には十分な器械設備と消耗品がありません。
慢性患者は一度透析治療を始めると、生涯、人工透析治療を継続する必要があります。
その透析治療には大変な費用が掛かります。
もちろん腎臓移植手術など選択肢にも入りません。
こうした事実を目の当たりにするところから、私の欧州駐在生活がスタートしました。
自分たちはどれだけ恵まれた環境にあるのかを再確認し、何か自分に出来る事は無いかと考えるようになりました。
ご承知の様に、医療機関で使われる医療器具は全てパックされ「滅菌」が施されております。
包装パック上には必ず滅菌有効期限(使用期限)が記されております。
恐らく医薬品・医療器具の類いは、世界的に最も標準化され管理の行き届いた分野だと思います。
使用期限(滅菌有効期限)表示は、昨今、我々の扱う医療器具では製造から3年間が一般的です。
かつては、もう少し長い有効期限期間がつけられていたようですが、メーカーの安全への配慮と商品のフレッシュなイメージを保つために期間が短くなったように思われます。
結果、ストックしている何割もの商品が期限切れ直前で大量に廃棄処分されるようになりました。
同じ世界・同じ生命でありながら、なんとアンバランスなことでしょう。
私はこの期限切れ前の商品を何とか届けられないものかと考えました。
いずれ廃棄処分されるのであるなら、処分半年~8ヶ月ぐらい前からその品種を予測し、対応することで出来ないことはないのではないか。
とにかく私は、「発展途上国の人たちに使ってもらえたら」という気持ちで一杯でした。
当時、私はベルギーに住んでおりましたので、スイスのWHO、ベルギーの“国境無き医師団”を訪問し、条件付きながら医療器の無償提供を申し出ました。
いずれも大変、好意的に当方の申し出を受け止め、世界の貧困地図を前に地域ごとの様子、支援組織の活動状況、援助の実態等ご説明下さいました。
しかし、感謝の念を表わされつつも申し出については「NO」という返事でした。
実は、いずれの組織にも資金援助母体(欧州銀行や主要国の有名団体等)があり、その手前、こちらが提案する有効期限間半年~1年に迫った薬品は扱えないとのことでした。
そのように聞けば、「それもそうか」とは思えるのですが、どうも私は合点が行きません。
今度は直接、発展途上国に働きかけようと、考えを切り替えました。
そこで、アフリカの数ヶ国でそれぞれのつてを頼り、平行して本邦では厚生省や名だたる国立病院へ何度も意思を伝えました。
少しでも助けにならねば、との思いだったのです。
今、当時の状況をそのまま書いてしまうと時代錯誤となってしまうかも知れませんが、当時、相手国にとって我々の商品提供申し出は、どうも「招かれざる客」であった様です。
それが例え彼らにとって貴重な医療必需品供給の申し出であっても、受け渡し時に彼らの公私をうまく満足させる「特別のルール」に合わせることが暗黙の了解だったのでしょう。
もちろん全てがこのルールで行われていた訳ではないでしょう。
私の担当となった方が、たまたまそうであったのかも知れません。
ただ、この時、関係した方は皆、「自分を満たす」ことが最優先で、なかなかこちらの願うような交渉・契約にはなりませんでした。
そう言えば、日本政府と共同で建てたという一流ホテルのような病院を西部中央アフリカで見たとき、中に設置された日本から寄贈されたという超高額の診断器、検査器などが何年も白いシーツ状の布の下に沢山埋もれたまま、という光景を目の辺りにしたことがあります。
寄贈側は高額の寄付をしたという想いなのでしょうが、実はもらった側は十分な操作管理技術も無く、最初から宝の持ち腐れとなっていたのです。
責任の所在はどこにも無く、これを何とかしようとする人が誰もいないのが不思議でした。
魚釣りに例えれば、「魚ばかりをあげるのでは無く、竿をあげ魚の釣り方を教えてあげないと皆は幸せにならない」ということなのでしょう。
こうした苦い経験から、支援とは物でも金でも十分では無いことを強く思うようになったのです。
あれからかなりの年月が過ぎ、今では世界の最貧国に対し、金や物だけではなく、医療技術・治療の精神・器械操作・機械設備設置後の経営手法を“一つのパック”として寄贈するようになりました。
具体的には日本の大手病院グループとタイアップし、アジア・アフリカ最貧国宛のドネーションプログラム(寄贈効果を可視化する取り組み)製品と、技術サービスの両面から支援するものです。
今や世界23ヵ所で人口透析病棟の開設・運営に関わっています。
こうした支援の仕事をさせていただいてからも、はや10年が過ぎました。
今の活動が本当に治療を必要としている人達の為になっていれば、その昔、想いだけで突き進んでなかなか実現出来無かった頃に比べると、随分、進歩したのではないかと感じます。
もちろん支援にあたり、個々には書ききれない、沢山の問題が日常茶飯事的に発生しています。
政治的問題・矛盾・個人のエゴイズムに根ざしたなかなか解決できない問題が多々あるのです。
こんな世界を歩いてきただけの私が“発見”したのは、「我々が今住んでいる日本がどれだけ恵まれた国家であるのか。
地政学的にもこんなに安定した歴史と美しい文化を持っている国は他に無い」と言うことです。
他を知って初めて自分が分かるという事でしょう。
今後も、人を思いやる心を忘れず、常に良いと思う事を実践して行きたいたと思います。

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